『公共図書館の冒険』 ― 2018-06-03
ごはんのあとのグルーミング
『公共図書館の冒険』編
柳与志夫/田村俊作 編、執筆 小林 昌樹/鈴木 宏宗/柴野 京子/河合 将彦/安井 一徳/小田光宏(みすず書房)
5月31日
みすず書房『公共図書館の冒険』読んでますが、めっちゃ面白い。爆笑の連続。前川恒雄せんせー婉曲的大ディスり大会w
5月31日
『移動図書館ひまわり号』(前川恒雄)は名著ですが、あらゆる歴史的な「文脈」から断罪してしまってまってますw
昔、戸田豊志さんの図書館日記に載せてもらったわたしの感想を立体的に論証してくれてるみたいで個人的にわろてますw
5月31日
まだ半分ですけどね。
5月31日
戸田豊志さん編集による私の文章を以下に記録しておきます。
図書館について書く。ぼくが読んだのは以下ですのでもちろん図書館よりに偏っているのは認識しております。 「われらの図書館」前川恒雄 「貸出し」前川恒雄 「著作集1」前川恒雄 「移動図書館ひまわり号」
5月31日
前川恒雄 「中小都市における公共図書館の運営(1963)」 日本図書館協会「市民の図書館 増補版」日本図書館協会 「『中小都市における公共図書館の運営』の成立とその時代」オーラルヒストリー研究会編 日本図書館協会
5月31日
「アーカイブとは何か: 石板からデジタル文書まで、イタリアの文書管理 」マリア・バルバラ・ベルティーニ「構造的転換期にある図書館―その法制度と政策」日本図書館研究会と、現役司書戸田豊志(@inufuguri)さんの論考「日本における公立図書館のこれまでとこれから」http://www.asahi-net.or.jp/~wh9t-td/chuubu.pdf… など。
5月31日
日本の近代図書館は大体、1950年の図書館法制定から1980年後半までの「市民の図書館」時代と、1990年代の規制緩和・民営化から第一次安倍内閣の教育基本法改正に引き続く図書館法改正、指定管理者制度に代表される図書館機能のアウトソーシングの時代の、二つに分かれるようです。
5月31日
戦後の「本を読むとバカになる」と言われた頃から、80年代の「無料貸本屋」と出版業界から揶揄されるまで「成功」した苦闘は、前川恒雄さんの著作を読むとよく分かります。その頃の図書館の理念は「中小リポート」「市民の図書館」が必読。
5月31日
この時代はまず何よりも本が身近に読める環境を作ることが難しかった。図書館は学生が受験勉強するところ、本は館内で読む(閲覧)するもの、子供はうるさいので入れない、それが常識だった。それに対し「市民の図書館」は図書館の機能を「貸出」「リファレンス」「児童サービス」の三つを柱にすえ、
5月31日
市民の求める本を「なんでも、いつでも、どこでも、だれにでも」貸し出すことを最大の目標とした。戦後の高度成長にのって出版点数は増え、書籍代にお金をかけるだけの余裕のないひとにも、特に子供と母親を中心に爆発的といってもいいほどの貸出数の伸びを記録した。
5月31日
ここから私の感想。この時、公立図書館が持っていた作戦は①館長ふくめ図書館職員は専門家(司書)集団となっていくだろう。②読書人口が増えれば国民に公共精神が根付き、自ずと社会教育施設として機能するだろう。③市民の側から自然発生的にあらゆる市町村で高度な図書館を求める声が高まるだろう。
5月31日
といったものではなかっただろうか。でも実際は、①多くの館長は単なるお役人(それも左遷的な)②読書人口が増えても娯楽やハウトゥ的なのが貸出の大半、ベストセラーを大量にリクエストされ複本で購入するような歪な蔵書構成に偏り、③高度なレファレンスを必要とする市民はほとんど育たなかった。
5月31日
これが80年代後半の現実だったのだと思います。こういった状況であれば図書館が専門的知識の不要な「無料貸本屋」と思われても全くしかたなかったのかもしれません。そうしたのは「市民」、もしくは「市民」を信頼した図書館というわけです。
5月31日
最大の発展と同時に大きな誤算によって、図書館は「専門性」というとても重要で分かりづらいものを危険に晒してしまった。さあ、90年代、はたして!
90年代、バブルの崩壊とともに規制緩和という名の予算縮小。最も専門性を要求されるはずの司書職がどんどん非正規化されて生活できないような
5月31日
低賃金と短期契約の不安定にさらされてアマチュア化していった。でも、そんな専門性を必要とするような市民はほとんどいないので、どこからも目立った批判はない。それどころか、出版不況と言われ、本が売れない時代にも図書館は貸出数を増やしていく。そんな順調な図書館が唯一非難されるのは、
5月31日
出版界からの、図書館が出版不況の原因であり新刊を貸し出すのは一定期間待てという程度。そうなのか? 出版界は、図書館にもっといろんな本を市民に貸し出して幅広の読書人口を形成できるような策をうて、というべきじゃないのか? もっともそれができるような専門性と経営感覚を備えたひとは
5月31日
とっとと別の業種に流れてしまっているのだろうけど。 立ち戻って、図書館のアマチュア化が指定管理者制度による民間の活力で取りもどせるかと言えば極めて疑わしい。私も民間の会社勤めですので、儲かる図書館を考えるのはとても簡単。コストを抑え、顧客(≒市民)の求めるものを大量に提供し、
5月31日
在庫を最小限にし、人材を非正規化プール化し、標準化という名のマニュアルサービス化、話題作りの宣伝広報、多角化によるリピーターの獲得、そしてそれらを支える大量の個人機密情報の蓄積と分析。これらは別に民間企業の営利活動として真っ当なもので何ら避難される筋合いではない。
5月31日
図書館に当てはめればどうなるか。野暮ですが、愚直に書くと、顧客ニーズのみにそった図書を購入し、さらにデジタル資料(DVDとかね)に大きくシフトし、開架は売れ筋のみを目立つように並べ、閉架は最小限にし、在庫管理コストのかかるコレクションは処分し、アルバイトやパートで地域ごとに
5月31日
シフトを組み、レファレンス・マニュアル、窓口マニュアルを覚え込ませて新人でもベテラン並みの仕事が(笑)できるように整備し、人気の棋士や作家を招きJリーグチーム間交流で話題作り、コーヒー片手に本を読めるおしゃれな空間、そしてそれらを支える貸出し履歴の個人情報。
5月31日
…でも、こういう図書館だけになったとしても、99%の「市民」は痛痒を感じないでしょう。 これからは、1%の市民と「未来の誰か」のためにどんな図書館を残せるか、そこに的を絞っていくしかないような気もします。 それが、アーカイブとレファレンスセンターとデジタル貸出という方向なのか、
5月31日
何か他にあるのか、私には分からない。でも、専門性と稀少な資料は一度失われれば二度と取り戻せないことだけは分かります。と、さっきたまたま通りかかった景山民夫が言っていました。
以上。
6月1日
久々、「一年間、新刊を貸し出さない案」ですだ。どうね? もう、図書館機能を守るにはこのくらいの方策はやらなきゃならんのちゃうかいな。
6月3日
@shomotsubugyo ようやく読み終わりました。言われている意味はわかる気がします。前川恒雄が目指した図書館で実現したものとしていないものを、歴史を追うことで明確にしようとする方針で書かれているので、結果としてディスってるように見えてましたけど、未だに肯定的な面もあるのだと拘りなくしめてましたね。
6月3日
『公共図書館の冒険 未来につながるヒストリー』柳与志夫・田村俊作 編 読了。
例えば、前川恒雄、中小レポート、市民の図書館、と聞いてピンと来る方なら頭から読むと、ものすごく考えの整理ができる良い本。もし「?」と思われるなら、まず第6章「貸出カウンターの内と外」を読むだけで
6月3日
図書館のほとんどの問題がわかるというお得な本。みすず書房もええ仕事してますなあ。
で、このスレッドの感想から、この本を読んで変わったのは、図書館内部でも図書館の専門性を未だに「言語化」出来ない、ではなく、一個のドグマとして「言語化」してはいけないというレベルだったのか、という驚き
6月3日
です。前川恒雄が主張していた「貸出カウンターに最も専門性の高い職員を置く」という方針は、市民との唯一の接点だからこそそこから個々の専門性(選書、レファレンスなど)が具体化(言語化)されるのだ、というステップ論だと思ってたんですが、どうも、それが自己目的化して、
6月3日
「貸出カウンターの窓口にすべての専門性が分かち難くある」だから「窓口機能を自動や非正規職員や指定管理者にしてはいけない」というお題目になっているらしいと知って、ちょっと衝撃でした。
だから、貸出し数以外でちゃんと図書館の有用さを定量的に測る指標が全く出来なかったのかと、
6月3日
個人的にものすごく腑に落ちました。どの程度実現できたのかがいつまでもわからない理想像に向けて努力してたのでは、そんなんCCCに喰われて当然だわ。
あ、あと、TRCの立ち上げ経緯も初めてちゃんと知ったら、あんた、80年代になる前で、もう「選書」という専門性のかなりの部分を
6月3日
外部に明け渡してんじゃない。
それじゃあ、おれの「新刊は一年間貸し出さずに、その間、資料として残すべきものを選書する」なんていうアイデアも絵に書いた餅だったんだなあと納得したっす。
とまあ、こういうことをど素人に言われて怒った図書館関係者様には是非とも頑張って、
6月3日
「市民の集いの場」とかいうクソみたいな図書館像を粉砕する、本当の図書館像を見せてください。期待しています。
『公共図書館の冒険』編
柳与志夫/田村俊作 編、執筆 小林 昌樹/鈴木 宏宗/柴野 京子/河合 将彦/安井 一徳/小田光宏(みすず書房)
『マクベス』シェイクスピア ― 2018-06-07
箱に入る猫、ダレる猫
『マクベス』シェイクスピア(小田島 雄志 訳 白水社)
6月7日
『マクベス』シェイクスピア(小田島雄志訳) 読了。
マクベスとマクベス夫人を同時にイッセー尾形に演ってもらうと面白いのではないか。他には誰も出ず、野望に後悔に狂気にものすごく多忙な感じの一人芝居。
アイルランドに逃げたもう一人の『王子ドナルベーンは死んだ?』なんてのはどうか。
『行動経済学の逆襲』リチャード・セイラー ― 2018-06-18
ごはんへの希望と失望と
『行動経済学の逆襲』リチャード・セイラー(遠藤 真美 訳 早川書房)
6月13日
いまさらながらセイラーせんせーの『行動経済学の逆襲』を読んでいるんだけど、半分まできてもぜんぜん新しいものを読んでる気がしない。まあ、まだ、エイモスせんせーもご存命だから。って、お前ら、おんなじ実験の使い回しで本を乱造すんじゃねーよ、と思ったひとはいないのかのお。
6月15日
『行動経済学の逆襲』、延々とファイナンスのアノマリーの話が続いて飽きてきた。自分のお金は好きだがお金という概念は嫌い。
6月18日
『行動経済学の逆襲』セイラー 読了。逆襲じゃなくて完勝になってるけど。ナッジの選択肢の網羅性は誰が担保すんのかとか、感想は後日。
6月20日
例えば、憲法改正が国民投票で投票行為をわりと簡単にある方向に誘導できるナッジ。倫理性のない悪意で大衆はいくらでも操作できるナッジ。リバタリアン・パターナリズムは「良い方向に誘導する」のではなく、良い方向も悪い方向も網羅し全てさらして理性を働かせるように誘導するのがいいナッジ。
『こわいもの知らずの病理学講義』仲野徹 ― 2018-06-20
絶賛爪切り中
『こわいもの知らずの病理学講義』仲野徹
6月20日
『こわいもの知らずの病理学講義』仲野徹 読了。めっちゃ売れとるで。いまも本屋で積んであった。がんを中心におっさんおばはんも(がんばれば)理解できる解説でもたぶんものすごく高度。がんが遺伝子変異を繰り返し無限に増えて死なない細胞になる病ということがよくわかりました。ええ本や。
6月20日
ほめられちった。てへぺろ。
6月30日
三月うさぎ(兄)@march_hare_bro こういう嘘がん治療にひっかからないためにも、『こわいもの知らずの病理学講義』(仲野徹)を。
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