『モラルの話』J.M.クッツェー ― 2018-08-12
手の傷は、ゴブに咬まれました
『モラルの話』J.M.クッツェー (くぼた のぞみ 訳 人文書院)
8月12日
『モラルの話』J.M.クッツェー 読了。収録作『ひとりの女が歳をとると』から、コステロは壊れていく。それはシンガー式動物の心と科学が解き明かしつつある心の理論との葛藤、作者クッツェー自身のコステロ(哲学とジョン(科学の間でいつまでもカッコを閉じられない美しい数式のような苦闘に思える。
8月12日
「モラルとは単なるお説教ではない。目の前の弱者に、考える暇もなく反応してしまう心の動きだ。このクッツェーの思いに、僕は今を超えていく力を感じる」
私は、その考えない心の動きに恐怖を感じる。
(書評)『モラルの話』 J・M・クッツェー〈著〉:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/DA3S13631454.html…
8月12日
コステロの息子がジョンなのを考えれば、単なる共感に堕してしまいそうなコステロに対する科学者ジョンの苦悩がわかろうというものだろう。クッツェー自身が何を言おうと、ジョンに自由に話させてしまった時点で作品が作家を超えてしまったんだべさ。
8月12日
『モラルの話』を読んでいて、鴻巣友季子さんとくぼたのぞみさんの直接対決を見てみたいと思った。どこかで企画してもらえまいか。
2019年2月8日
『モラルの話』 J.M.クッツェー (人文書院) #wtb9
『ひとりの女が歳をとると、からコステロは壊れていく。それはシンガー式「動物の心と「心の理論との葛藤、作者クッツェー自身のコステロ(哲学、とジョン(科学、の間でいつまでもカッコを閉じられない美しい数式のような苦闘に思える。
『サマータイム、青年時代、少年時代』J.M.クッツェー ― 2015-03-10
『サマータイム、青年時代、少年時代──辺境からの三つの〈自伝〉』J.M.クッツェー(くぼたのぞみ訳 J.M.クッツェー)
1月24日
『少年時代』J.M.クッツェー 読了。少年時代の自伝であった。
2月9日
私のクッツェーは、いま22歳でIBM勤めの自称詩人。(『青年時代』)
2月11日
『青年時代』(『サマータイム、青年時代、少年時代』から)J.M.クッツェー 読了。南アフリカからイギリスに逃げだし、苦悩から美を生み出そうと、日々、芸術とセックスに励むプログラマ青年の自己欺瞞にまみれた生活。を還暦のクッツェーが冷徹に戯画化して書く嘘まみれの自伝。でいいのかな?
2月11日
ひとりクッツェー祭り実施中。もう2ヶ月ほどクッツェーしか読んでない。
『夷狄を待ちながら』
『マイケル・K』
『ダスクランド』
『敵あるいはフォー』
『鉄の時代』
『ペテルブルグの文豪(マスター)』
『少年時代』
『恥辱』
『東京総合指令室』
『動物のいのち』
『青年時代』
2月25日
『サマータイム』読んでるけど、ジュリアの語りの微妙な違和感はたぶんジュリア=クッツェーの英語に対する距離感なのかと思うが、違ったらどうしよう。
3月7日
クッツェーの『サマータイム』があと60ページほどで終わってしまう。新しい翻訳が出るのはいつであったか。みんな、クッツェー、読まず嫌いだろう。出来れば処女作の『ダスクランド』から順に読むと、作者の屈折の仕方が妙に律儀で楽しいよ。
3月8日
『サマータイム』J.M.クッツェー 読了。 ここでいつもなら好き勝手な感想をつぶやくところであるが、訳者のくぼたのぞみさんが見ているので変なことは書けない。というわけで、三月うさぎ(兄)は、今朝方、亡くなりましたので、代わって三月うさぎ(姉)がお送りいたします。
3月8日
「兄さんは、この作品をどの位読んでいましたか」
「どうかしら。二、三週間ってところかな。読むのが遅いひとでしたから。たまに、ずっと前の方を読んでたりして気味が悪かったけど。この文章はどこかで見た、とかブツブツ云いながら」
3月8日
「読んでいる時の表情などはどうでしたか」
「そんなの見てるわけないじゃない。だいたい通勤電車で読んでたんだから。ああ、でも、一度だけ大笑いしていた。真剣に読んでると思ったらバカ笑いして。あれ、どんな話なの」
「自伝です」
「コメディアンかしら」
3月8日
「コメディアンではないですが、そうだと言えなくもないです」
「あら、夕食の時間だわ。続きが聞きたいですか」
「できれば。明日はいかがですか」
「明日は兄の葬式だから、あと2時間くらいしたらまた来て」
3月8日
(沈黙)
「あら、いらしたの。なんだか顔色が悪いわね」
「いえ、すこし早まったことをしたかなと後悔していまして」
「このインタビューのことを」
「見られているので」
「見られている…。そう、兄も読みながら、言ってたわ」
3月8日
「どんなことを」
「クッチェー、でしたっけ」
「クッツェーです。ジョン・クッツェー」
「そのクが、自分を書いている自分が見える場所で書いているうちに自分が見られていることに気持ちよくなってきてどうとかって私に説明しました」
3月8日
「どうとか、のところをもう少し詳しく思い出せませんか」
「無理です。(笑) おかしくなったのかと思ったぐらいですから」
(沈黙)
「あ、こんなのを黒板に書いて説明したんですけど、なんなの、これ」 https://
3月8日
「入れ子になっている、ということですね」
「入れ子、ねえ。…クッシェーってどんな人なの。サイコパスとか」
「クッツェーです。私もあったことはないので。南アフリカ出身の小説家です」
「あのマンデラの」
「たぶん、そのマンデラの」
3月8日
「じゃあ、兄の読み方は間違ってたのね」
「なぜそう思うのですか」
「だって、バカ笑いしたりクスクス笑ったり、あげくにあの絵をかいて、自分が自分がって、そんなのあのマンデラの国の小説じゃないわ」
「そのマンデラの国の小説はどんなものだと思いますか」
3月8日
「反アパルトヘイトとか差別、残虐な感じ、傲慢さ、革命、暴力、そう、そんな作品しか浮かばないわ。そんなの笑えないはず」
「そんな感想を、兄さんは漏らしてませんでしか」
「ぜんぜん。…いえ、残虐だ、とは言ってわ。でも、父親とか作中人物に対して残虐と」
3月8日
「作中人物に残虐、ですか」
「どうだったかしら。なにしろもう数日も前のことですから記憶も怪しくて。作中人物に残虐、残虐、そう、作中人物に対して残虐だと教えてくれるのはブッチャーだけだって」
「クッツェーです」
(沈黙)
「まだ続けますか」
3月8日
「では、もうひとつだけ教えて下さい。兄さんはこの数ヶ月、クッツェー、クッツェーですよ。彼の小説だけを読んでいましたが、なぜでしょう。心当たりはありますか」
「オースターとの書簡集から読んだのは知ってるは、何か勘違いしてたようだって、読み始めたの」
3月8日
「勘違いですか」
「あとは、空っぽだとか、倫理感でいっぱいにしないと生きていけないとか、あ、これは兄自身の自己評価だったんだけど、なにかそんなのに触れるところもあったのかもね」
(沈黙)
「あなたを見捨てます。さようなら」
(沈黙)
3月8日
こんなことしなきゃよかった、と泣いて布団をかぶっています。(三月うさぎ(従兄)代筆)
4月13日
クッツェーをこれから読もうという方にひとつだけ。
『遅い男』を読む前に必ず『エリザベス・コステロ』か『動物のいのち』を読もう。
必ず後悔することになるので。)
4月13日
クッツェーはなるべく発表順に読むと吉。
『ダスクランド』
『石の女』
『夷狄を待ちながら』
『マイケル・K』
『敵あるいはフォー』
『鉄の時代』
『ペテルブルグの文豪』
『少年時代』
『恥辱』
『動物のいのち』
『青年時代』
『エリザベス・コステロ』
『遅い男』
『サマータイム』
4月13日
いますぐに手に入るのは、
『夷狄を待ちながら』『マイケル・K』『鉄の時代』『少年時代』『恥辱』『①動物のいのち』『青年時代』『②エリザベス・コステロ』『③遅い男』『サマータイム』。
①or②→③は必須。
『サマータイム、青年時代、少年時代』はまとめても読んでも良さげ。
『サマータイム、青年時代、少年時代──辺境からの三つの〈自伝〉』J.M.クッツェー(くぼたのぞみ訳 J.M.クッツェー)
『遅い男』J.M.クッツェー ― 2015-02-23
『遅い男』J.M.クッツェー(鴻巣友季子 訳 早川書房)
2月16日
『エリザベス・コステロ』に比べ、『遅い男』の読みやすさよ。(読めているかは心もとない。なんつっても、もう50ページ超えてるに主人公は離婚して子供がいないことしか分からない。作為だと思うが)
2月17日
『遅い男』クッツェー 95ページでアゴが外れそうになった。クッツェーってさ、倫理と美学を融合とか言われるけど、ホントは悪のり好きなおっさんだと思う。(最大級の絶賛)
2月23日
『遅い男』J.M.クッツェー 読了。主人公ポール・レマンが事故で片脚を失うところから始まるにもかかわらず、彼自身についての情報はいつまでも届いてこない。だから「遅い男」なのであろうか。彼の流暢な英語が思考から遅れてくるという感覚が「遅い男」なのか。
2月23日
クッツェーの作品を発表順に追ってきた幸運な私は、95ページでのけぞって爆笑する幸せな経験をしたわけですが、ラストに向かって誰が誰を支配しているのか混沌としていくのが面白いので、なあんだ、などと早合点しては
2月23日
ああ面倒だ! ここからはネタバレあり!
ECが、まったく作品自体を制御できず、咳こんだり震えたり、脇役たちに「オリジナルってなんですか?」と噛みつかれ、PRからは神殺しをくらい、散々な目に合ってざまあみろと思ってしまう私も作中人物なのである。
2月23日
というわけで、クッツェーは実はどんどんエンターテイメントに長けてきていて、歳くってノーベル文学賞とって、怖いもの知らずのとんでもないものを死ぬ前に書き上げるだろうと確信。
『遅い男』J.M.クッツェー(鴻巣友季子 訳 早川書房)
『エリザベス・コステロ』J.M.クッツェー ― 2015-02-15
『エリザベス・コステロ』J.M.クッツェー(鴻巣友季子 訳 早川書房)
2月15日
『エリザベス・コステロ』J.M.クッツェー 読了。再読ですが印象が変わった。小説の入れ子を利用しないと嘘くさくなる類の作品。例えば『悪の問題』で、ヒトラー暗殺計画者の処刑シーンを再現した作家を攻撃し、書いてはいけない「悪」があるというエリザベスは何重もの苦悩のマトリョーシカ状態。
『エリザベス・コステロ』J.M.クッツェー(鴻巣友季子 訳 早川書房)
『動物のいのち』J.M.クッツェー ― 2015-02-04
こんばんにゃーズ
『動物のいのち』J.M.クッツェー( 森 祐希子、尾関周二 訳 大月書店)
2月4日
『動物のいのち』J.M.クッツェー 読了。クッツェーが大学に講演に招かれて大学に招かれて「動物のいのち」という講演をしている作家エリザベス・コステロの話を講演している小説。ピーター・シンガーがコステロに批判にどうリフレクションすればいいのか困って娘と話しているリフレクションあり。
2月4日
メジロのジローちゃんが死んでしまった。エリザベス・コステロは「ほかの人は折り合っているのに、どうしてあなたはできないの? どうしてあなたはできないの?」と自分に叫ぶが、どうしても折り合えない非理性的な怒りはある。
『動物のいのち』J.M.クッツェー( 森 祐希子、尾関周二 訳 大月書店)
『恥辱』J.M.クッツェー ― 2015-02-01
今日のガボ
『恥辱』J.M.クッツェー(鴻巣友季子 訳 早川書房)
2月1日
『恥辱』J.M.クッツェー 読了。まだクッツェー巡りを続けますが、この辺から小説じゃなくてもいんじゃね?と云いたくなる作風になってきた。でも日本翻訳大賞じゃ『サマータイム』大絶賛してる方がいるし、エリザベス・コステロを抜ければ何か見えるのか。倫理学の問答集みたいなんだよなー。
2月1日
クッツェーとフィリップ・ロスのどっちが歴史に残るか、と問えば、クッツェーだろうか。でも読者の記憶に残るのはロス。
『ペテルブルグの文豪』J.M. クッツェー ― 2015-01-27
おしゃれなアプリがあったから作ってみた
『ペテルブルグの文豪』J.M. クッツェー(本橋たまき 訳 平凡社)
1月15日
『ペテルブルグの文豪』(クッツェー)が、『悪霊』中心にドストエフスキーの枠小説なのであった。そもそも数冊しか読んでないし、名前が分からないのであった。
1月18日
『ペテルブルグの文豪(マスター)』J.M.クッツェー 読了。『敵あるいはフォー』のドストエフスキー版。前作『鉄の時代』の訳者くぼたのそみさんや『文豪』の訳者本橋たまきさんが、やたら「父と息子の葛藤」と云う理由は分かったが、『文豪』はそれがメインテーマじゃない。
『ペテルブルグの文豪』J.M. クッツェー(本橋たまき 訳 平凡社)
『鉄の時代』J.M.クッツェー ― 2015-01-11
『鉄の時代』J.M.クッツェー(くぼたのぞみ 訳 河出書房新社)
1月11日
『鉄の時代』J.M.クッツェー 読了。多分、南アフリカのノーベル文学賞作家クッツェーと聞いて、読んだことのない人が思い浮かべるであろう作品。でも、クッツェーは(この時)40代後半の(アフリカーナーの末裔の)白人男性。娘に語りかける主人公は70歳の癌で余命短い白人女性。ここ重要。→
1月11日
→クッツェーの真摯なところは、自身にとっての他者を一人称にして、どこまで「愛せないゆえに愛さなければならない」を実践できるか自分自身に刃を向け続けるところなのだわさ。難儀な生き方である。
『敵あるいはフォー』J.M.クッツェー ― 2015-01-04
猫と本の生活が第一党首の新年のごあいさつがまだでごさいました。おわびにおめかしし
『敵あるいはフォー』J.M.クッツェー(本橋哲也 訳 白水社)
1月4日
『敵あるいはフォー』J.M.クッツェー 読了。『出口なし』(サルトル)のちょっとした楽しいヴァリアント。(…)
『ダスクランド』J.M.クッツェー ― 2015-01-04
今年もどうもありがとう
『ダスクランド』J.M.クッツェー(赤岩 隆 訳 スリーエーネットワーク)
1月4日
『ダスクランド』J.M.クッツェー 読了。74年のデビュー作。「現代」のヴェトナムと十八世紀の南アフリカの帝国主義と植民地政策を重ねた二つの物語で構成されているのだが、知的な充実感も現実への怒りも、冷え冷えとした「読書」という孤独な行為に吸収されてしまうどんよりとした読後感。
『ダスクランド』J.M.クッツェー(赤岩 隆 訳 スリーエーネットワーク)
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