『モラル・トライブズ』2019-03-21

おでかけの時間ですが、遊んでほしいと言ってます

おでかけの時間ですが、遊んでほしいと言ってます


『モラル・トライブズ』 ジョシュア・グリーン (竹田 円 訳 岩波書店)


3月17日

ああ、そういや、やっと『モラル・トライブズ』を読んでます。こんなに内容あっても読みやすいのね。早く掘り出せば良かった。


3月21日

pp.370-374
うーん、ロールズなんか富と効用を同一視しているから、功利主義が全体効用を最大化するために奴隷制のような不平等を是認するかのように攻撃してきて迷惑千万とイキってるように見える。


3月21日

でも、グリーン自身が、充分な富を持つ者は富が増えても幸福はさして増えない限界「幸福」の逓減を主張しているように、自分が効用と幸福を過度に同一視してんじゃないか?


3月21日

つまり、一方では定量化が難しいと言う「幸福」を、一方で「量として足しあわせて最大になればいいなら反道徳的な社会も認めるから功利主義はだめだ」と言われると、


3月21日

「人間の本性」によって極端な他者の抑圧によって失われる「幸福」の量は抑圧者が得る「幸福」の量を必ず上回るから現実に功利主義が極端な抑圧社会を認めることはない、と答えている、ように見える。


3月21日

いや、現実路線の功利主義には思想上、何の不満もないんですけど、量なのか質なのかいろいろ書いてきてもやっぱり曖昧なのは私が勘違いしてるからか。
そのうちアマルティア・セン先生のケイパビィリティ・アプローチが出るかなあと思ってたけど、ここまできても出ないのは多分認めてないからかなあ。


3月21日

最終部でグリーン先生に怒られそう。


3月23日

けっきょく、幸福は厳密に測らなくても社会で最大化されるかどうかはわかる、というケイパビィリティ・アプローチもない説明に終始。うーん、いや、「深遠」かどうかはおいておいても、タイプ2(グリーン先生言うところのマニュアルモード)を働かせた実用主義で、原理主義的な善ではなく可能な最善を


3月23日

目指そうというのはまったくその通りだと思いますし、道徳の進化論的にはタイプ1(グリーン言うところのオートモード)が為さしめることを善としたのであってその逆ではない、というのも納得できるのですが、最終的に、だからなに? という感想しか残らないのが唯一残念なところであります。


3月23日

いや、いい本なのは間違いないけど、これが届くべきところにはぜったいに届かないだろうな、と思うわけです。まあ、哲学書だから実用主義でも実用的である必要はないわけですが。いや、とてもいい本です。本当に。


3月23日

あ、『モラル・トライブズ』ジョシュア・グリーン 読了。(検索の都合上の読了ツイートでした)


3月23日

ケイパビィリティ・アプローチに私がこだわるのは、幸福のような曖昧なものではなく、あくまでどんな政策(選択)がどんな効用を得る自由が潜在的に実現されるかを推し量って組み合わせの最善を検討しようとするアプローチなので、このマニュアルモードには相性がいいのではないかと思っていたのです。




『モラル・トライブズ』 ジョシュア・グリーン (竹田 円 訳 岩波書店)

『分かちあう心の進化』松沢哲郎2019-01-27

液状化していく猫

液状化していく猫


『分かちあう心の進化』松沢哲郎 (岩波書店)


1月27日

『分かちあう心の進化』松沢哲郎(岩波科学ライブラリー) 読了。「ヒトが手を使えるようになったのはなぜ?」に99%「二足歩行するようになったから」と答えるでしょうが、よく考えるとチンパンジーは四本とも「手」なんですよね。答えはなんと「赤ん坊をあお向けに寝かせておけるようになったから」


1月27日

四本の手のうち二本が足になったが正しい進化とのこと。なーるほど。そんな京都大学霊長類ちぱんじんの連綿たる研究を面白おかしく紹介しながら、「ヒトの心」がヒト科四属とどう異なるを客観的方法での室内実験と野外実験によって解き明かしていく、比較認知科学をいいとこ取りで読ませる本でした。


1月27日

言語がコミュニケーションの道具として進化したと決めうちするとか、互恵的な行動をヒト固有の愛に結びつけるとか、私は好きではないけど(好き好きじゃないけど)、チンパンジーのアイはまだ存命よ。 下記URLへ。
「ようこそ | 京都大学霊長類研究所 - チンパンジーアイ」
http://langint.pri.kyoto-u.ac.jp/ai/ja/about/index.html…


7月3日

もちろん、教育しても無駄だという立ち位置なんですがね。




『分かちあう心の進化』松沢哲郎 (岩波書店)

『チョムスキー言語学講義』チョムスキー/バーウィック2018-09-17

今日はベトナム料理教室

今日はベトナム料理教室


『チョムスキー言語学講義 ─言語はいかにして進化したか』 ノーム・チョムスキー / ロバート・C・バーウィック 渡会 圭子訳 (筑摩書房)


9月17日

『チョムスキー言語学講義 言語はいかにして進化したか』チョムスキー/バーウィック 読了

原タイトルは
『Why only us: Language and Evolution』by Robert C. Berwick and Noam Chomsky

主著者はバーウィック? いや、こんな絶対に売れない翻訳を出していただけるだけでちくま学芸文庫に感謝。


9月17日

ざっくり要約すると、ホモ・サピエンスだけがもっている言語の基本能力は、AとBをくっつける「併合(マージ)」能力だけ。AとBがどの順番になるかなどは言語能力じゃなくて言語運用の話。遺伝子レベルの進化にかかわるのは「併合」だけ。正確に言うともう一つ。「語に類する原子的要素」を頭の中に


9月17日

っていること(心的辞書)。

なぜなら、言語はコミュニケーションの道具類ではなく、心的辞書のパーツを脳内で「併合」して推論や計画することを飛躍的に向上させたからこそ、ホモ・サピエンス内のジーンを席巻した、という筋書き。

ぼくのわからない問題は大きくふたつ。


9月17日

ひとつは、「併合」が起こる条件ってなんなの? ちらちら本文に出てくるように、結局「原理・パラメータ」で操作されるなら、80年代からこっちのくそ人工的なUG「も」遺伝子レベルの言語器官じゃん? こういうのを無限後退っていうんじゃない? 最後の数ページの脳内神経繊維束の環はジョーク?


9月17日

もうひとつは、完全に説明する気なし(「その脳内の実体はわかっていない」)の「心的辞書」。霊長類レベルで「語彙」を持っていないと断言してはる(pp.182-194)ので、いつ、その「語に類する原子的要素」がホモ・サピエンスに現れたのか不問の点。


9月17日

結局、著者ふたりは、言語の進化はよくわからないけど、他の動物の認知能力とは違うから、ホモ・サピエンスが枝分かれした20万年前からアフリカから旅立った6万年前までのどこかでなんか起こった。期間すげー短いから、きっとほんのちょっとした「配線」の変異が起こっただけだけど


9月17日

「併合」は目の玉みたいな長い自然淘汰なんかなく簡単にできるようになったんじゃね? なにを「併合」するのかは、ほら、なんか鳥の鳴き声とかなんか何億年ものなんかの適応があるでしょ、きっと。

という、敗北宣言に近いくらいの丸投げっぷり。

「運用でカバー」がこんなところに出てくるとはw


9月17日

と、公式にディスった上で、チョムスキーが2016年にこんなことを発表できるんだから、おれのこのアイデアも捨てたものではなかろうと思った。なんたって、「語に類する原子的要素」は「概念」の交点に発生するシンボルで、交点を共有すれば芋づる式に「併合」できるんだもん。




『チョムスキー言語学講義 ─言語はいかにして進化したか』 ノーム・チョムスキー / ロバート・C・バーウィック 渡会 圭子訳 (筑摩書房)

『統辞理論の諸相『方法論序説)』チョムスキー2018-09-02

このあたりも、ちょっとどうかと思う。さすがにそんな文法を赤ん坊が予想したりはせんのではないか。

このあたりも、ちょっとどうかと思う。さすがにそんな文法を赤ん坊が予想したりはせんのではないか。


『統辞理論の諸相 方法論序説』 チョムスキー (福井 直樹 訳 , 辻子 美保子 訳  岩波書店)


8月27日

私の中で株急降下中の生成文法の王様チョムスキー『統辞理論の諸相『方法論序説)』を読んでバランスをとってみる。


8月28日

p.50 容認可能と文法的を混同すんなや、とチョムさまは言うとる。


9月1日

このあたりも、ちょっとどうかと思う。さすがにそんな文法を赤ん坊が予想したりはせんのではないか。


9月1日

昔の行動主義全盛時ですから、このどっちつかずな態度はうなづけるとしても、もうそろそろ生成文法と認知言語学はともだち、こわくないよ、というひとはいないのかな。きっといるよね。


9月2日

いちおう、訳者あとがき含めて、『統辞理論の諸相 方法論序説』チョムスキー 読了

こっちにとくに感想はないのだが、『メンタル・コーパス』(テイラー)との絡みで、素人ならではの斬新なアイデアを思いついたので神も笑覧あれ。




『統辞理論の諸相 方法論序説』 チョムスキー (福井 直樹 訳 , 辻子 美保子 訳  岩波書店)

『メンタル・コーパス』ジョン・R.テイラー2018-09-02

最後の4行はいったい何を言ってるのかわからんのですが。この直前にさんざんコーパスなんぞ深層構造の解明になんの役にも立たんと言いながら、これは共示としてのコノテーションそのものじゃないのかしらん。

最後の4行はいったい何を言ってるのかわからんのですが。この直前にさんざんコーパスなんぞ深層構造の解明になんの役にも立たんと言いながら、これは共示としてのコノテーションそのものじゃないのかしらん。


『メンタル・コーパス』ジョン・R.テイラー (著 西村義樹/編訳 平沢慎也/編訳 長谷川明香/編訳 大堀壽夫/編訳 古賀裕章/訳 小早川暁/訳 友澤宏隆/訳 湯本久美子/訳 くろしお出版)


8月6日

テイラー先生の『メンタル・コーパス』なんつうのを読んでるわけですが、生成文法的な「辞書+文法書モデル」を批判的に検討するために大量の例外的なコーパスが並んでいるので、そもそも英語に不自由してる私はさらにどんどんダメになっていく気がする。


8月25日

p.241
うーん、accidentとdisasterは規模が相当違うと思うんだが。「外出するたびに雨に降られるaccidentsにあう」とか複数形が多くなっても、「毎年、行く先々で大地震に遭遇してdisastersざんまいさ」とはあまり言いそうもないから、単複の比率(accidentの方が多い)は世界のありよう通りでは?


8月25日

循環論だー言語相対論だーなどといつものように疑いながら読んできましたが、「多義性」のpp.367-371で鮮やかに領域マトリクスが立ち上がり、無数の概念領域の交差点に「語」が浮かんでいて「隣の」語と結びつくことで語の共起とともに意味も共起させる様がありありと目に浮かび、やられました。


8月25日

それもこれも、本当にそんな無数の概念領域マトリクスと語のネットワークを蓄えて、必要に応じて共起できるだけの容量を人間の長期記憶とワーキングスペースが持てるのかにかかるわけですが、これが認知機能的には最も低コストでたぶん無理なくできてしまうだろうという見込みがありそうなのが強い。


8月26日

p.389 の例文でいきなり笑う。

At the tine, Comdisco was busy taking advantage of IBM's 3093-E systems, which would eventually become the foundation of today's ESA architecture base.

がんばれ、コムディスコくん。


8月26日

さらに、p.391

We arrived home just after midnight on the morning of the 24th, but we have been too busy trying to sleep to get to the computer.
コムディスコくんたち、もう寝ていいよ。


8月26日

とりあえず読み終わった。コムディスコくん、IBMのみなさん、おやすみ。


8月29日

最後の4行はいったい何を言ってるのかわからんのですが。この直前にさんざんコーパスなんぞ深層構造の解明になんの役にも立たんと言いながら、これは共示としてのコノテーションそのものじゃないのかしらん。


9月2日

『メンタル・コーパス ―母語話者の頭の中には何があるのか』ジョン・R・テイラー読了

というわけで、生成文法が一貫して、言語を理論化するためには不要な雑音と退ける「具体的に話され書かれている言語コーパス」こそが言語の理論の中核にあるのだと論じる本格的な本。トマセロよりも楽しい。


9月2日

この分野には素人で恐縮なのですが、ていうか本当に素人なのですが、チョムスキーもテイラーも言語獲得する際の土台がなにもないのにたかが数年で子供が母語習得するなどとは当然思っていないので、言語に構造化された統辞部門があるのかないのかという相違点にさえ目をつむればw根本的に違うのは、


9月2日

自然言語が進化的に得られたというまったく同じことを、言葉を変えていってるだけなのではないか、と思うのです。

で、ここからが素人です。

脳内のI-言語の構成要素は、認知心理学的な何千何万というメンタル・スペースの交差点に立つ信号機みたいなもんではないか、と私は思いました。


9月2日

フォコニエさんがなにいったか知らないところが素人なので、メンタル・スペースを概念空間と言い換えてもいいです。要するに「高いところ」という概念を「高所概念地図」と呼ぶことにして、生まれたての子はこの地図にはRPG始めたばかりのぼんやりとしたマップだけど「高い所」という認知に関する


9月2日

情報が書かれる役割は決まってるという、そういう地図。同様に「怖いもの」という概念には「恐怖概念地図」が生得的にある。そんな地図が何千何万と生まれたての坊にも嬢にもある。

で、坊がタンスの上にいくと視覚深度か身体的感覚でタンスの上は「高所概念地図」にぼんやりと書かれるわけだ。


9月2日

これはたぶん別にヒト特有でもない認知的な働き。

次に、当然タンスから落ちるわけですが、これは身体的感覚その他から間違いなく「恐怖概念地図」に書かれる。

で、これら二つの地図の交差点に「タンスから落ちる」という「語彙」が生まれ、一方から見れば「高い」という青信号、他方から見れば posted at 17:30:12


9月2日

「怖い」という赤信号として機能(シンボル)化されて両方の地図にプロットされる。

以後、「タンスから落ちる」というイディオムが「高い」と「怖い」の多義性をもってi-言語の構成要素として使用される。

ここからヒト特有の言語の出番で、高いことと怖いことの概念空間を同時に活性化するために


9月2日

交差点に立っている「タンスから落ちる」というイディオムを使う。 こんなふうに、生得的に備わっている膨大な認知的概念空間を脳内で効率的に再現してたぶん他人に伝えるために、本質的に多義的な語彙=イディオムを構成要素とした「普遍文法」が概念空間の交点で淘汰され進化してきたのではないか。


9月2日

もちろん、今や生まれた子は、タンスから落ちなくても「高所概念地図」と「恐怖概念地図」の交点にはイディオムのスポットがあり、ここに具体的な個別言語が入れるようになっているわけです。 なので、「山」という「高所概念地図」語彙と「暗い」という「恐怖概念地図」語彙が同時に地図を活性化


9月2日

すると、ほぼ自動的に「タンスの上」スポットがスパイクしてその個別言語のイディオムが書き込まれる。

ほら、こんな感じで、少ない言語体験から、芋づる式に概念地図の活性化と交点のスパイクでいろんな言い回しを使えるようになるのではないかという、素人ならではの思いつきをだらだらと


9月2日

書いてみました。お目汚し失礼しました。

たぶん、この程度のことはもう何周も提案されているのだろうなと確信しておりますが、なにしろ、なぜここまで生成文法と認知言語学がののしりあうのかわからんのですわ。テイラーさんのは2012年の本だし、チョムスキーさん相変わらずですしねー。


9月2日

途中「根本的に違うのは」とあるのは削除漏れ。




『メンタル・コーパス』ジョン・R.テイラー (著 西村義樹/編訳 平沢慎也/編訳 長谷川明香/編訳 大堀壽夫/編訳 古賀裕章/訳 小早川暁/訳 友澤宏隆/訳 湯本久美子/訳 くろしお出版)

『心理学をまじめに考える方法』キース・E・スタノヴィッチ2018-07-22

暑くて目から光線

暑くて目から光線


『心理学をまじめに考える方法 真実を見抜く批判的思考』キース・E・スタノヴィッチ (金坂 弥起 監訳 誠信書房)


7月9日

『心理学をまじめに考える方法 真実を見抜く批判的思考』キース・E・スタノヴィッチ をまじめに読み始めました。みんなも読むといいんだけど、こういうのはそもそも「自分はまじめに考えていないかも」なんて自信のないひとだけじゃないか、というのがなんとも。


7月16日

『心理学をまじめに考える方法』キース・E・スタノヴィッチの、第八章「収束証拠の重要性」を読んでから記事を書け。

科学論文は一部不備であったり誤りであることの方が圧倒的に多い。対立する仮説群を全部叩き潰すような研究など極稀。何百という論文を集めて、生き残る仮説を検証するのが科学だ。


7月22日

あ、『心理学をまじめに考える方法 真実を見抜く批判的思考』キース・E・スタノヴィッチ 読了

科学の成立条件を網羅的に平易に解説しているので、わしが文科省のえらい人なら、高校の副読本にするのに。
とくに心理学がなぜ科学として認められづらいかがよくわかる。


7月22日

心については誰でも独自の常識を持っていて、もちろん、このショートカット的心の理論(直感心理学)がないと共同生活が著しく困難になるので当然なのですが、それが何でもありなので疑似科学のハイエナたちの食い物にちょうどよく、なにがなんでも餌場を守ろうとするからなのである、と。


7月22日

いまや、喫煙が肺ガンのリスクをあげることによほどの狂信者でもない限りは反対しないでしょうが、実は幼少時に暴力的なドラマやゲームに長時間接した方が暴力的傾向が増すことはすでにほぼ証明されているにもかかわらず、


7月22日

既得権者は「この論文では逆の結果がでている」「この研究では相関関係であって因果関係ではない」と個別の都合のよい研究結果だけを持ち出し、一般人は「でもぼくはストⅡやってたけど喧嘩は嫌いだよ(笑)」とか、一笑に付す。


7月22日

でも、これは「収束証拠」とか「統制実験」という科学的な手続きを無視しているこの上なく非科学的な態度で、ヒトという種が統計的な考え方を致命的に苦手としていることとあいまってこの数十年の圧倒的な心理科学の進展がほとんど一般的にならない。


7月22日

そんな嘆きから、10年以上も改訂を続けているスタノヴィッチおじちゃんのとても良い教科書です。

精神分析学を科学だと思っているひとが読むと、いきなりのフロイト完全否定に叩きつけるかもしれませんが、監訳者の金坂先生が日本精神分析学会正会員として訳注で本文とバトルするという出オチありw




『心理学をまじめに考える方法 真実を見抜く批判的思考』キース・E・スタノヴィッチ (金坂 弥起 監訳 誠信書房)

『SRE サイトリライアビリティエンジニアリング』2018-04-26

無垢の博物館へ行きました

無垢の博物館へ行きました


『SRE サイトリライアビリティエンジニアリング――Googleの信頼性を支えるエンジニアリングチーム』澤田 武男、関根 達夫、細川 一茂、矢吹 大輔 監訳、Sky株式会社 玉川 竜司 訳(オライリー・ジャパン)


4月9日

ミーハーにSRE本を読んで300ページあたりで「はいはい、Googleさんはえらいよねー」などと毒づき始めたので、ちょっと息抜きで読み始めた『世界イディッシュ短篇選』(岩波文庫・西成彦編訳)がすげー面白いの。


4月26日

その後、『自動化 不都合な真実』経由で、SREとかいろいろ知ったので、早く勉強しとけばよかったなあ、と思って、まだSRE本を読んでいるw


4月26日

自動化をレゴブロックにするのは、客システム商売で社内システム並みに手順書をメンテし続けるのはナンセンスだし、ある程度の個別要望にも応えて捨ててもいい(資産化しない)コードを作りながら、効率と保守とついでに競争力を両立させる工夫なのだが、目的と手段がまた入れ替わる。


4月29日

『SRE サイトリライアビリティエンジニアリング Googleさまの信頼性を支えるエンジニアリングチーム』読んだ。

これ言うと身元がバレるのだが、某弊社の「○のDNA」とか「ご○全に」文化に凝り固まっている中間管理職が抵抗勢力なんだよなー。やってることの総質量はたぶん負けてないから悔しい。


5月2日

グーグルさまも、SRE本の31章で、関係者全体で問題管理やらの定期ミーティングを週に一度、30分から1時間でやるのが限界と言うとる。
2時間の週次報告会をいろんなカテゴリで何度もやるなんて正気の沙汰じゃない。<.p>


5月2日

ちなみに、インスタントメッセージやメールで済ませろとか、グーグルさまは言うとらんのよ。世界中のメンツとテレビ会議ではなく「対面で」定期的に打ち合わせないと信頼感は育たないと言うとる。<.p>


5月2日

それでも、週1時間の会議で処理できないほど多くの問題があるとしたら、それはスコープが広すぎるか、細かい問題の決定権を上手く移譲できてないからってことね。<.p>




『SRE サイトリライアビリティエンジニアリング――Googleの信頼性を支えるエンジニアリングチーム』澤田 武男、関根 達夫、細川 一茂、矢吹 大輔 監訳、Sky株式会社 玉川 竜司 訳(オライリー・ジャパン)

『知ってるつもり』スローマン&ファーンバック2018-04-25

イスタンブールの猫さま

イスタンブールの猫さま


『知ってるつもり 無知の科学』スティーブン・スローマン/フィリップ・ファーンバック(土方 奈美 訳 早川書房)


4月16日

『知ってるつもり 無知の科学』(スローマン&ファーンバック)、買ったんどけど、これ、早川書房じゃーん! 早く読まないと電子書籍になっちゃうじゃーん! 悔しいからすぐ読む。


4月22日

『知ってるつもり 無知の科学』を読むと、そういう情報過多がかえってコミュニティをタコツボ化して過激にしてしまうあたりも納得できたりしますだ。


4月24日

まだ読んでる「知ってるつもり 無知の科学」に照らせば、共謀罪反対の時にはその法律の影響についてではなく「言論の自由」という価値観だけの戦いなのでみんな参加できたが、いまの具体的な影響があるところからその原因を遡る因果分析は苦手なの。誰もが「説明深度の錯覚」の虜で知ってるつもりで。


4月24日

ほんとは「内心の自由」かな。その辺もあやふやで反対してたと思う。


4月24日

こちらも、『知ってるつもり 無知の科学』で、個人がすべてを知るわけにはいかないので知らない空白の部分がどこにあるのかをわかっていることが賢いことの条件ということに通じるのであるなあ。


4月25日

『知ってるつもり 無知の科学』スティーブン・スローマン&フィリップ・ファーンバック 読了

「本書には三つの主題がある。無知、知識の錯覚、そして知識のコミュニティである」(p.276)

無知は文字通り、莫大な情報のほんの一欠片しか個人の中にはないという事実。知識の錯覚は


4月25日

「説明深度の錯覚」とも言われ、ヒトは知ってるつもりで実はほとんど知らない(自転車の絵を書いてみると実感できるよ)というよく知られているほとんど知られていない事実。そして最後の、知識のコミュニティがこの本の最大の主張で、知識は個人の中には無く、他人や本やハードディスクや


4月25日

インターネットや物語などの中にあり、これらと自分の中の知識とを区別できない故に「説明深度の錯覚」におちるという観察を武器に、だったらこれらのインターフェイスツールを使って「各人が何かの専門家の知識のコミュニティ」を形成してうまく働けるようにすることこそ、


4月25日

知性の進歩ではないのか、というちょっとコミュニティに向かない私には辛い結論なのだが、よく分かるのです。

そんな人間社会を生きる個人として「何がわかっていて何がわかっていないか」を分かっておくということを、単純に「ああ、無知の知ね」なんて片付けず(これも説明深度の錯覚)、


4月25日

「データの所在地を示す「ポインタ(位置情報)」や、あとから数字や記号を入れるべき「プレースホルダ(空欄)」がたくさん含まれているはず」(p.140)の自分の中の知識(の無さ)を整理整頓して、コミュニティの知性と連動して、美味い汁を吸いたい、もとい、柔らかく備えておきたいのでした。


4月26日

てなふうに『無知の科学』で自分がまったく知識を持っていないから他人との協力によって正しい判断をしよう、と思っておっても、他に行くところがなくてセキュリティ内部監査をやってるジジイ部長の勉強に、毎週当たり前のように2時間も付き合わされたらブチ切れますが、私がおかしいのでしょうか。


4月26日

この解説だけだと「知ってるつもり」なのが完全な悪のようですが、知ってることと知らないが調べればわかるはずと知ってることと何を調べればわかるかも知らないことを明確にしていくことで「知ること」が「個人が知っていること」を超えていると肯定的に論じている本ですだ。 https://twitter.com/Hayakawashobo/status/999773284559413248




『知ってるつもり 無知の科学』スティーブン・スローマン/フィリップ・ファーンバック(土方 奈美 訳 早川書房)

『反共感論』ポール・ブルーム2018-02-25

、図書館職員の若い女性から恥ずかしそうに「サンレッドのTシャツですね…😍」と声をかけられたことくらいだなあ。(とくになんの発展もなかった)

、図書館職員の若い女性から恥ずかしそうに「サンレッドのTシャツですね…😍」と声をかけられたことくらいだなあ。(とくになんの発展もなかった)


『反共感論』ポール・ブルーム(高橋洋 訳 白揚社)


2月23日

えーと、いま読んでる『反共感論』(ポール・ブルーム)には、校内銃乱射事件による殺人犠牲者は、全殺人の0.1%なので共感による論は(ry


2月25日

『反共感論 社会はいかに判断を誤るか』ポール・ブルーム 読了。「他人の身になって考えること」という道徳の最も基本と思われている「共感」を(いろいろ留保してはいても)ほぼ完全に道徳には有害か無関係と淡々淡々淡々淡々と論じていると言えば、実に暗澹たる本だと思うでしょう。


2月23日

えーと、いま読んでる『反共感論』(ポール・ブルーム)には、校内銃乱射事件による殺人犠牲者は、全殺人の0.1%なので共感による論は(ry


2月25日

「相手の苦痛を私も感じる」情動的共感(パレスチナの子供とイスラエルの子供のどちらに共感するか)で政策が決まる害悪だけでなく、「相手が何を考えているのかを推し量る」認知的共感(いわゆる「心の理論」)ですらサイコパスの要件のひとつになるなど、


2月25日

(慎重に言葉を選びながら)ブルーム先生、共感をこてんぱん。では道徳的な基盤とは何かと言えば、共感なくとも「思いやり」で接することができる「理性」がヒトにはあるではないかと、さほど二重過程理論などは援用せずに当然の能力として推しまくるのでした。


2月25日

反感買うだろうなあ。というか、反感買うぐらい日本でも売れてくれるといいなあ。 ただ、ブルーム先生はあんまり進化心理学を重視していない発言が数か所あるのが多少残念。この「理性」「システム2(タイプ2)」あるいはスタノヴィッチの言うような「メタ合理性」などは、


2月25日

「情動」「ヒューリスティックス」が生得的であるのと同程度に生得的なのではないのか。石器時代から備わっている能力であり、情動か理性か、タイプ1かタイプ2か、自己言及的に疑うかなどは、当時と発現の仕方が違うだけでやはり同じ遺伝的能力ではないのか、という私の疑問はまたもや先送りなのです。


3月3日

そうそう、『反共感論』(ポール・ブルーム)は、そういう単純な話を綿密に論証してるのよ。「相手の嫌なことはしない」「相手の気持ちになって」というのは、相当な部分で「善い」エンジンになるけど絶対的な道徳的指標にしてはまずいのだという話。


3月3日

SF方面の方なら「愛は負けても親切は勝つ」と言われればピンとくるんではないかしら。


6月3日

おお、共感のネガティブな面をポジティブに論じていただいている。 『反共感論』ポール・ブルームも多くの方に読んでいただきたい。


6月3日

共感と感情移入は微妙に違うとは思うんですけど、世間一般では小説で感情移入できるってのは登場人物に共感できるってことと同じなのかあと、むかし、かなり驚いたものですけど。(とくにSFから入ったひとはみんな共感できると思う)


7月21日

嫌われることをいうとね、ポール・ブルームの『反共感論』によれば、いま、熱中症で倒れる子供がいることだけに共感してエアコンに地方自治体ごとに億単位の予算を突っ込むってことは、もっと優先順位の高い採算のとれない公共事業をやめるってことだからね。よく考えてね。




『反共感論』ポール・ブルーム(高橋洋 訳 白揚社)

『トマス・アクィナス』山本芳久2018-01-16

元黒ガチ、白ガチこと勝くん、市くん

元黒ガチ、白ガチこと勝くん、市くん


『トマス・アクィナス 理性と神秘』山本芳久(岩波書店)


2017年12月30日

昨日で八重洲ブックセンターで買った本

『魔法にかかった男』ブッツァーティ
『トマス・アクィナス』山本芳久
『デルフィーヌの友情』デルフィーヌ・ド・ヴィガン
『イブン・タイミーヤ政治論集』
『消費資本主義!』ジェフリー・ミラー


1月16日

…そして、取り組みやすくなった一つ一つの問題の解決を積み重ねていくことによって、当初は漠然としていてどこから手を付ければいいか見えにくかったような大問題に対する解決が次第に見えてくるようになる。」

ビジネス書じゃないよ。

『トマス・アクィナス 理性と神秘』(山本芳久)p.33-34


1月16日

『トマス・アクィナス 理性と神秘』山本芳久(岩波新書) 読了。把握したいという自由意志があることこそ、理性的人間の末端にすぎない私もたしかに神の恩寵のおこぼれにあずかっている徴であり、私が常々読みたい「理性で突き詰めた挙句に破綻する物語」とは受肉に失敗した現代の物語なのであろう。


1月16日

というわけで、次は、見せびらかしという嘘と虚飾に塗れた悪徳の書『消費資本主義!』(ジェフリー・ミラー)を読んで、アクィナスの恩寵を帳消しにしてしまうのです。


1月20日

例えば、岩波新書『トマス・アクィナス 理性と神秘』(860円)と、本書(3500円)と、本書という読み易い翻訳書があるのにMillerの原書『Spent』(Kindle版で1400円)に手を出す、各々の見せびらかしの相対的価値は進化的適応としてはどんな順番になるのか。きっと本書を読めばわかることであろう。




『トマス・アクィナス 理性と神秘』山本芳久(岩波書店)